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令和 7年 6月号 258
ウサギアイナメ
やっと手に入れたのだが・・・
何年もの間記事にしてみたいと思いながらも、なかなか手に入れられないでいた魚があり、この度やっと出会えた。しかし、残念ながら自分の思い描いていたものとは少し毛色が違っていた。
その魚はアイナメである。上の画像はアイナメということで購入したのだけれど、このアイナメは筆者が欲していた本アイナメではなく、ウサギアイナメだった。
北海道産のアイナメということだったので、本アイナメではなくエゾアイナメなのかと思ったが、そちらの方でもなくウサギアイナメだった。ウサギアイナメと判断したのは以下の画像の丸囲いの部分が特徴的だったからである。
本アイナメとエゾアイナメは尾ビレの後端がほぼ真っ直ぐの形状であるが、ウサギアイナメは上画像のように後端が丸まっている。また、二つ目の特徴として眼と口の間が少し短かめで、ウサギという名称が与えられた意味が分かるような顔つきだと感じる。三つ目に、ウサギアイナメの背ビレには大きめの目立つ欠刻がある。
ウサギアイナメは北海道でしか獲れないとのことで、水揚げ地ではアブラッコとかアブラコと呼ばれ、エゾアイナメやウサギアイナメなど本アイナメではないアイナメ科の魚は、総称してハゴトコとの別名もあるそうだ。
アイナメというのは、全国の海岸に近い浅場の海であればどこでも獲れる普通の魚だと耳にしてきた。しかしこれまで長い期間、筆者はアイナメを記事にしてみたいことから探し求めてきたのだが、なかなか思うように出会えなかったのだ。これまでの経緯からすると、近年は魚市場にほとんど入荷しなくなっているように思われる。
例えば、福岡県希少野生生物保護検討会議が発表した直近の資料によると、福岡県の場合アイナメは、かつて玄界灘から周防灘まで広く流通していた一般的な水産資源の一つであった。しかし最近は玄界灘の糸島半島や博多湾などで年間に数個体程度しか漁獲されていないとのことである。毎年モニタリングが行われてきた博多湾の藻場では、アイナメの幼魚は2016年を最後に一切みられなくなっており,危機的水準まで減少している可能性があるとされていて、福岡県は2023年時点においてレッドリストに指定している。
このように、本アイナメは福岡県のように極端に入荷が少なくなっている地域があることから、その価格はどんどん高くなって高級魚の仲間入りをしている。その代替品として本アイナメほど高級ではない北海道産のエゾアイナメやウサギアイナメが、主に価格的な面を理由として重宝がられているようなのだ。
今月号が本アイナメではなくウサギアイナメを使った記事になることは本意ではないけれど、以上に記してきたような事情があり、今月号はウサギアイナメをテーマとして記していきたい。しかし、いずれ何としても本アイナメを手に入れ、ウサギアイナメとの違いを含めて本物はどうなのかを記してみたいものである。
切身商品の画像は存在していた
実は2019年4月に、沖縄の地で北海道厚岸から送られてきていたウサギアイナメを切身とフライ用半身に商品化した画像は手持ちしていたのだが、これだけで記事にするには商品内容があまりに単純すぎて、内容を充実したものにすることは出来ないと思っていた。そして、今回は同じウサギアイナメでも新たにプラスアルファの商品を作ることができたので、今月号でようやく記事としてまとめるに至ったのである。
ウサギアイナメの商品化というのは、2019年の時におこなったような形が一般的だと思われるので、先ずは6年前に撮って保持していた画像を紹介したい。
切身とフライ用半身の商品化工程 | |
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ウサギアイナメ色違いの2尾 | |
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1,こちらは少し大きめのサイズなので、骨付き半身を5切れにカット。 | 1,少し小さめサイズの分は、骨付き半身を4切れにカット。 |
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2,頭部を半割にして、3切れ入りと2切れ入りの切身商品にし、中骨無しはフライ用に半身で商品化した。 | 2,切身を2切れ入り2パック頭部の半割入りで商品化。中骨無しは皮付き半身で商品化。 |
6年前に扱ったウサギアイナメは、北海道から沖縄に運ばれてきた魚にしては、鮮度面で申し分なかったものの、画像で確認できるように魚体は細く、北海ものにしては脂が薄いと感じたので、切身商品が向いていると判断した。
ウサギアイナメに骨切りは必要・・・?
今回のウサギアイナメは重さが1.4kgほどあったので、たぶん比較的大きな部類に入るのではないかと思われる。また、丸々として脂肪もありそうに見えたことから、骨切りの南蛮漬けと刺身や鮨もつくってみることにした。
ウサギアイナメの三枚おろし作業工程 | |
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1,ウサギアイナメのウロコを取る作業は少し面倒である。ウロコ取り道具ではウロコの取り残しが出る恐れがある。 | 8,尻ビレの際から包丁を入れ、山高骨の方へ切り進む。 |
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2,ウロコがまるで皮につながったようになる部分もあり、仕上げに包丁の刃先で削ぎ落とす。 | 9,片面おろしの要領で、山高骨を超えて、背ビレの方へ切り進む。 |
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3,大きな胸ビレを左手親指でつかみ起こし、下身のカマ横に切り込みを入れる。 | 10,下身側の身を切り離す。 |
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4,上身側からカマ横に切り入れ、頭部側にエラや内臓を付けたまま切り離す。 | 11,上身側の背ビレ際から山高骨の方へと切り進む。 |
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5,腹部を切り開き、尻ビレの上まで切り入れる。 | 12,腹骨は刃先で押し切りし、山高骨を越えて切り進み、上身を切り離す。 |
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6,血合い膜に切り込みを入れる。 | 13,上身と下身の腹骨を除去する。 |
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7,道具を使って血合いを除去し、洗い流す。 | 14、三枚おろし完了(血合い骨も抜いた状態) |
上画像14枚目の三枚おろしが完成した状態は、骨抜き道具で血合い骨を抜いた後の状態なのだが、実は作業の流れとして骨抜き作業は必要ないことが分かり、必要ない作業は工程の画像から省いた形としている。
筆者の頭の中では、事前の知識としてアイナメは小骨が面倒だと思い込んでいたのだが、実際のところ小骨らしい小骨は存在せず、比較的長めの血合い骨が他の普通の魚とあまり変わりなく普通にあるだけだった。アイナメという魚の予備知識に従って小骨を骨切りをしたつもりだったものの、まったく骨切りをした作業感覚はなかったのだ。
つまり、筆者が今回のウサギアイナメの調理作業を通した体験で言えることは、敢えて骨切りは必要ないということだった。しかし、ウサギアイナメの骨切りをして、その商品化をしてみたので以下に作業工程として紹介したい。
ウサギアイナメの骨切り商品化 | |
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1,皮付きのまま、背身と腹身に分ける。 | 6,骨切りしたウサギアイナメを沸騰したお湯に入れる。 |
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2,頭部側から尾部側に向けて骨切りを進める。ハモのような存在感のある小骨は刃先に感じられず、あの骨切り独特の音もしなかった。 | 7,身の色が変わる程度に軽く茹でる。 |
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3,骨切りを終えてから、寸切りにする。 | 8,茹ですぎない程度でお湯から引き上げる。 |
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4,寸切りにした状態。 | 9,氷水の中に落とし込んで冷やす。 |
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5,骨切りをした落とし用の商品(梅肉添え) | 10,ウサギアイナメ落とし商品。(梅肉添え) |
実際のところ、昔筆者は本アイナメの調理をしたことはあるのだが、長く本アイナメを扱っていないので、その時に骨切りをしたのかどうかまったく記憶がなく、この点は恥ずかしい限りである。アイナメは骨切りをした方が良いとのネット情報があるけれど、ウサギアイナメに限っては骨切り作業は必要ないとしか思えなかった。
半身を背身と腹身に分け、どちらも骨切りをおこない、一つは生のまま落とし用の商品、もう一つは落とし商品にした。落とし用商品を南蛮漬けにしてみてはどうかと思いつき料理してみたので、以下にその作業工程を記していくことにする。
以下の作業工程の中で読者の皆さんは不思議に思うかもしれない。それは、カットした野菜を盛りつける皿に先に置いているけれど、これは我が家独特の方法なので気にしないでほしい。目的の一つは野菜に南蛮酢をよく吸わせるため、また野菜に少し熱を通すため、そして切身についた油や旨みを野菜に吸わせるため、その三つである。
ウサギアイナメの南蛮漬け作業工程 | |
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1,片栗粉と小麦粉を同量を入れたボウルに、骨切りをしたウサギアイナメの切身を入れる。 | 5,キツネ色になったら揚げ油から引き揚げ、油切りをする。 |
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2,切身全体に粉をまぶす。 | 6,カットした人参、ピーマン、パプリカ(赤色・オレンジ色)、オニオンなどを準備する。 |
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3,まぶした粉が馴染むまで、少しの時間置いておく。 | 7,料理を盛りつける皿に野菜を並べる。 |
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4,油温170℃でキツネ色になるまで揚げる。 | 8,油切りした切身を乗せる。 |
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最後に南蛮酢をかけ、下に敷いていた野菜を上にも乗せる。 |
骨切りをしたウサギアイナメの南蛮漬けは、日頃よく食べる青魚であるアジの南蛮漬けとは随分と違い、新たに白身魚の南蛮漬けを味わうことが出来た。骨切りをした結果、口当たりがソフトであり、南蛮酢の味が切身の中にしっかりと染みこんでいて、アジの南蛮漬けを一晩置いて味が染みこんで、さらに一層美味しくなったようなことが最初から味わえると思ったのだった。
ウサギアイナメの鮨と刺身
次は鮨と刺身である。アイナメの小骨をどうするかという問題については、鮨と刺身にする時その身を薄く切ることで解決できると踏んでいたので、小骨の問題は生じないと考えていた。
ウサギアイナメの鮨と刺身作業工程 | |
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1,内引き技法の要領で背身の皮を引く。 | 1,刺身には皮引きを終えた背身を使用する。 |
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2,皮引きを終えた背身。 | 2,直径24pの丸薄皿に、右の姿勢で、皮を下にしたそぎ造りの方法で切り始める。 |
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3,腹身も皮引きを終えた状態。 | 3,丸薄皿を少しずつ右に回しながら、左側の方へと盛りつけていく。 |
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4,腹身の皮目を下にして、右向きの姿勢で鮨ダネカットをおこなう。 | 4,外側を四分の三の位置で刺身を切り終え、残りは内側に盛りつけていく。 |
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9カンの内の4カンには、梅肉をトッピングしたウサギアイナメのにぎり鮨 | そぎ造りをおこない、丸薄皿に盛りつけを終えたウサギアイナメの刺身 |
ウサギアイナメのにぎり鮨は梅肉トッピングも美味しく食べられた。しかし、刺身に関しては薄造りではなく平造りのように厚く切ったり、皮をつけたままの炙りなどにした方が美味しいのではないかと思った。
その理由は、ウサギアイナメの身質は白身にしては繊維が弱いようで、丸薄皿に盛りつける時に立体感を出すための左手親指での起こしが難しいほどの柔らかさであり、基本的に歯応えを感じることが出来ない身質のようだったからである。
アイナメ資源の減少は自業自得か・・・
さて、今月号もそろそろ終わりにしたいと思うが、今回は完全燃焼とは言えない中途半端さを残すことになってしまった。上記したように、手にしたかった本アイナメではなく、代替品のウサギアイナメだったからである。
今や超高級魚の仲間入りをしている本アイナメは、料亭などからのニーズに応えるために水槽で生かしているものを購入することは出来るらしい。しかしそういう方法を執ったら、FISH FOOD TIMESのコンテンツに興味を抱いてくれる水産小売関係の読者層の関心からズレてしまう恐れがあり、やはり基本的なルートとして魚市場などを経由する魚に限定しておきたいという考えが筆者にはあるのだ。
つまり今後のことを考えると、何しろ、本アイナメは福岡県において既にレッドリスト入りしている魚であり、いったいいつ手に入るのか見当も付かないのである。どうして、こんなに手に入りにくい魚になったのだろう。
アイナメは鮎並という漢字が当てられているが、これは産卵期に川魚の鮎のようにオスが縄張りを持ってメスに求愛行動をし、メスの産卵後はオスがその卵を保護し、敵から守っているらしい。このように卵を守る習性があるにもかかわらず、同じアイナメの別のメスが産んだ卵は別のオスが攻撃して食べてしまうらしいのだ。こういう同じアイナメの卵を好んで食べるという習性を利用して、紡錘形のおもりのすぐ後に針を付けた特殊な仕掛けでの釣りの方法や、卵の塊を目当てにやってくるアイナメを待ち伏せしてモリでつく漁法もあるとのことだ。
もしかすると、アイナメの資源が減ってしまった要因の一つには、アイナメが同じ魚種の卵を好んで食べるという習性にもあるのではないだろうか。
筆者は昔あるテレビ番組で衝撃的なシーンを見たことがある。アフリカで、野生ライオンが繁殖期になってメスを探し回っていた時、ある1匹のメスがまだ幼い何匹かの子ライオンを連れていたところ、繁殖期を迎えた雄ライオンがその子連れライオン親子を襲って、子ライオンを全て殺してしまったのである。その雄ライオンは、残った雌ライオンと交尾して、新たに自分の子供をつくるという衝撃的なシーンだった。
アイナメが自分の血が混じっていない別のアイナメの卵を食べる習性というのは、アフリカの野生ライオンが自分の血が混じっていない子ライオンを殺すのと同じようなものではないかと思ったのである。これが動物の根底に潜んでいる本能であり、たまたまアフリカの野生ライオンは保護されて生き延び、日本のアイナメは保護されず、逆に生息環境はどんどん悪化して、遂にはレッドリスト入りをしてしまったのではないだろうか。
これは謂わばアイナメの習性そのものが引き起こした自業自得とも言えることであり、アイナメという動物の本能に因って立つことであるならば、自然界において人間の力でどうしようもない事なのかもしれない。
同じ動物として人間の場合はどうなのだろう・・・。自分の血が混じっていない他人のことを本能的にどう見ているのだろう・・・。 ウクライナとロシアは、人種的に近しい間柄のように見えるけれど・・・
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 7年 6月 1日