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令和 7年 3月号 255
アカムツ
小さいけれど・・・
鮮度は良いが、1尾150g平均の比較的小さなサイズの長崎県産アカムツが手に入った。
いつもお世話になっている魚売場では、このアカムツに1尾780円の売価がつけられていたが、筆者はこれを安くしてもらって3尾購入し、今月号はこのアカムツを記事にすることにした。
アカムツについてFISH FOOD TIMESでは「ノドグロの焼き霜姿造り」という表題で、平成20年6月号において採りあげていた。しかしこれを17年後の今となって見返してみると、その記事はあまりにも一面的な内容で、高級魚として名を轟かす人気ある魚の記述にしては軽すぎる感を免れなかった。
そこで、今回はいわゆる高級なお店とかでなく一般的な魚売場でも、価格の面で気軽に取り組めると思われる、上画像のような小型のアカムツを仕入れたとすると、これらをどのようにして販売のヒントにするか、筆者なりの考え方と方法を記事にすることにしてみた。
アカムツの宝庫対馬
筆者はアカムツを扱う機会が17年間無かったわけではない。アカムツの漁獲産地の一つとして有名な長崎県対馬には、筆者が魚売場を助言しているスーパーがあり、ここには毎月2日ずつ足を運び続けて既に足かけ14年目に突入した。このように対馬には縁があることから、これまでに何度も赤ムツを扱う機会はあったのだ。
例えば、この画像は2015年6月に対馬の指導先スーパーに入荷したアカムツである。仕入れ価格は記憶していないが、1尾の大きさは450gから500gほどだった。
これらの一部はこのような形で対面売場で裸売りされた。それらは100g700円の売価がつけられていて、1尾の売価は3,240円から3,360円ほどであり、アカムツ産地の対馬だからといって決して安く仕入れできるわけではないことが理解できるであろう。
そして残りのアカムツは筆者が以下のような商品化をおこなった。
アカムツ薄造り刺身 |
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アカムツ薄造り炙り刺身 |
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アカムツにぎり鮨2カン・炙りにぎり鮨3カン |
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11年前のことなので、これらの売価はどうだったのか記憶にないが、仕入れ価格に応じたそれなりの安くはない売価であったことだけはうっすらと覚えている。
この時は6月であり、この時期はそろそろアカムツが産卵を間近に控え栄養を蓄えている時期であり、以下の画像のように肝が巨大化し魚卵も大きくなりかけていた。
今回2月下旬に仕入れた小サイズのアカムツはまだ成長途上で150gほどしかなく、魚卵も小さかった。あと1年以上経過すれば500gほどの大きさになるのではないかと思われるが、そのへんの成長スピードについて筆者は詳しく知るところではない。
それらのアカムツを料理し、その後に食味をして感じたのは「小さくても味は格別な存在」ということだった。小さなサイズでも存在感タップリのアカムツについて記していきたい。
小さなアカムツの商品化
FISH FOOD TIMESでは、平成20年6月号で「ノドグロの焼き霜造り」というテーマで、アカムツのことを採りあげていたことは上記した。筆者はその内容には不満を感じていたので、その内にやり直しをしなければならないと思いながらも時が経過していた。上に掲載したような画像は保持していたのだけれど、これまた作業工程も料理画像もなくて、やはり中途半端な材料の手持ちしかないことから、やり直し版の作成に踏み切れないでいたのだ。
そして今回手に入れたアカムツは小さくてもその美味しさ故に存在感があり、価格もkg単価に換算すると安くはない。こういう単価の小魚は魚小売の現場では取り扱いが難しい魚の一つであり、この小さなアカムツを販売するとしたら、その販売のヒントを今回の記事で何かしら連想させることが出来ないものかと思い、商品化を試みてみた。
まずは、小さいサイズのアカムツなので、一人で1尾を食べることを前提として「塩焼き用開き」の商品を作ることにした。
アカムツの塩焼き用開き | |
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1,身が柔らかいので、ウロコ取り道具をあまり強く押しつけず、軽く丁寧にウロコを除去する。 |
7,切り込みから背ビレ際に沿って切り入れ、中骨の上を山高骨に向けて切り進める。 |
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2,エラの上に包丁の切っ先を入れ込み、包丁の裏腹を押し当てる。 |
8,山高骨を超え、尻ビレの手前まで切り開く。 |
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3,包丁の裏腹を下方向へ下げる。 |
9,道具を使って、腹部内側の黒い膜と内臓をかき出す。 |
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4,エラを包丁で押さえたまま、魚体を左方向へずらしながら回す。 |
10,乾いたタオルの上に載せ、上から覆い被せて水気を除去する。 |
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5,エラを魚体から分離する。 |
11,内臓、黒い膜、水気を除去した状態。 |
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6,頭部と胴体の間に、中骨の上まで切り込みを入れる。 |
12,トレーに入れて商品化。 |
魚の開きは頭を割る方法もあるが、この場合はアカムツであることを明確に表現するべきだと考え、頭を割らない開きにした。
次に、この開き商品を塩焼き料理完成の工程まで進めると以下のようになる。
アカムツの塩焼き | |
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1,軽く振り塩をした後に、焦げを防止する目的で、頭部と尾ビレをアルミホイルで包む。 | 3,茶色い焼き色がつくまで焼き込む。 |
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2,両面焼きグリルの場合は切り面を上にしたまま焼き上げる。 | アカムツの塩焼きが完成。 |
2尾目はソテーやムニエルなどの料理を想定した商品化である。
アカムツの骨なし開き商品化作業工程 | |
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1,下身の胸ビレ横に切り込みを入れる。 | 8,上身の尻ビレ際から切り開き、山高骨を超えて切り進み、中骨の下を切り開く。 |
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2,上身の胸ビレ横にも切り入れ、頭部を切り離す。 | 9,尾ビレの付け根と骨の部分を分離する。 |
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3,逆手包丁で肛門から腹部を切り開く。 | 9,左右の腹骨を分離する。 |
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4,内臓を洗い流し、血合い膜に切り込みを入れ、血合いも洗い流す。 | 10,形を整えるためにトリミングする。 |
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5,乾いたタオルで魚体を包み込み、水気を拭き取る。 | 11,背ビレを除去する。 |
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6,下身の尻ビレ際に切り込みを入れ、背ビレ方向に向けて切り進む。 | 12,仕上げに小骨を抜いて開き作業を終了。 |
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7,山高骨を超え、中骨の上を切り進み、背ビレ際まで切り開く。 | アカムツの骨なし開き商品が完成。 |
アカムツは素材としての味が秀逸であり、赤い皮目の色合いが良いので、これを活かすためには小麦を使うムニエルよりも小麦を使用しないソテーが向いていると考えた。
アカムツのソテー作業工程 |
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1,赤ムツ開きに塩コショウをし、皮を下にしてフライパンに入れる。 |
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2,フライ返しを使う際に、皮を傷つけないよう慎重におこなう。 |
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3,皮の表面の赤い色が多少残しながら、焼き色もつく程度に火を通すと見栄えが良い。 |
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アカムツのソテーが完成。 |
アカムツのソテー料理は本当に簡単で、塩コショウで下味をつけ、フライパンに入れてオリーブオイルを使って焼くだけで実に美味しい料理が出来上がる。このことだけで、アカムツという魚の底力を見る思いである。
悩ましいアカムツ炙りの鮨ダネカット
アカムツの魅力は「豊富な脂の乗り」であることは論を待たないであろう。以下のグラフは島根県水産技術センターから発表されている資料の一部である。これはアカムツの脂肪分をサイズ、漁法、地域差、季節などによって、どんな違いが出るかを調査分析したものである。
このグラフに示されていることを概略的に捉えてみると、アカムツの脂肪含有量は100g未満の小さなサイズでも10%前後、350g以上の大きさとなると25%平均もあるとの事実が判断ができる。
これほどの脂肪分があると美味しいのは間違いないのだが、一方でそのことによって作業上では厄介なことも生じるのだ。それは、筆者自身何度も経験して苦い思いをしたことなのだが、アカムツの皮の表面を炙りにして、その後にそれを鮨ダネにカットする時に生じる「ずる剥け」の現象だ。
アカムツに限らず、皮下脂肪が多い魚の炙りをした時には似たような現象が起こり得るが、要するに皮下脂肪が原因で、鮨ダネに切ったそばから炙りにした皮がズルズルと剥けていき、炙りの作業が台無しになってしまう、作業者にとっては悔しさを伴う悲しい現象である。
鮨ダネカットの基本通りに、炙った皮を下にして小刃を立てようとすると、さらに最悪の場合はやはり脂肪分が原因で皮がまな板の上を滑り、そのことによって炙り作業で意図的に作った焦げの模様が消えてしまうという悲劇も起こりうるのだ。
今回の場合はアカムツのサイズが150gと小型なので、通常の方法では悲劇を通り越して大惨事になりかねないと思った。そこで、以下の方法でやってみた。
アカムツ炙りにぎり鮨作業の変形版 |
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1,砕氷をバットに準備し、皮を下にした上身を尾部側から鮨ダネにカットし、氷に載せていく。 |
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2,下身も皮を下にして、頭部側から左の姿勢で鮨ダネにカットし、氷の上に載せていく。 |
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3,上身と下身の両方を5カンずつ、合計で10カンの鮨ダネを氷の上に載せた。 |
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4,皮を表にして、バーナーで軽く焦げ目が付く程度に全体を炙る。 |
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アカムツが小さいので、鮨ダネはどうしても小さめになることから、シャリは約12gにした。 |
アカムツ炙りにぎり鮨10カン入りを作成したけれど、この点は明らかに失敗だった。半身が30gほどしかないのだから、半身を3カットして6カン入りにすべきだったのだ。鮨ダネ1カンが10gの半身3カンにすれば、シャリも普通に18gほどにすることが出来たのだが、残念ながら成り行き上こうなってしまい反省したが、もう後の祭りだった。
このような反省点はあるが、アカムツのような皮下脂肪の多い魚を炙りにしても、この方法であれば「ずる剥け」の失敗は生じなかったのだ。本来、皮下脂肪が多い魚を炙りにするときは、どちらかと言えば比較的大きい魚の方がずる剥けはしにくく、多少皮がズレても元に戻してミスを誤魔化しやすいのだが、小さい魚ほどずる剥けの失敗はしやすく、ドツボにはまるると「針と糸」がほしくなる・・・。
反省点はあるが、この文節では小さなアカムツを炙りにしたとしても、こうすれば失敗しない可能性が高まることを伝えたかったのであり、その点ではそれなりに表現できたのではないかと思っている。
小型ではないアカムツ
さて、これまで小さなアカムツのことを中心に記してきたが、最後に本来アカムツとはどういう魚なのかに少しは触れておきたいと思う。要点が簡潔にまとまっているという点では、17年前のFISH FOOD TIMES 平成20年6月号 ノドグロの焼霜姿造りが適切だと思うので、以下のテーブルのなかに原文そのままで再掲載することにしたい。
平成20年6月号 ノドグロの焼霜姿造り |
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筆者はこの魚の刺身を食べたのは初めての経験だった。 ほとんど底引き網で獲れたものが入荷し、よく見かけるのは、鱗が剥げて白っぽく、身の固さもそれほどでもないものであり、普段は最初から「あまり鮮度は良くない」だろうと決めつけていて、 あまり刺身で食べてみようという思いはなかった。 しかし、たまたま非常に鮮度が良いものに出会ったので、試しにこれを焼き霜の刺身で食べてみた。 すると、そのあまりの美味しさに驚いてしまったのだ。 旨味を凝縮した、品の良い脂の乗りは、まさに「白身のトロ」の味であった。 このノドグロという魚、正式にはアカムツが正しい呼び方らしいが、その他に、オオメ、メッキン、メキン、金魚、ダンジュウロウ、など多くの名前で呼ばれている。 この魚は底引き網、はえ縄、刺し網などで漁獲し、そのほとんどが底引き網のものらしい。 隠岐島周辺から対馬にいたる日本海南西海域の大陸棚はアカムツの好漁場で、8〜10月頃には中・大型のものが、冬から春にかけては小型のものが多く漁獲される。 季節を問わず脂の乗りが良いので「白身魚のトロ」と呼ばれている。 料理法としては、一般的に煮付けや焼きものだが、 上の写真のように皮の表面の部分をあぶって造る、焼き霜の刺身は皮の風味がプラスして本当に最高の味なのである。 一般的に魚は色・艶の良いものを選ぶが、アカムツの場合、釣りなどで漁獲された鱗の付き具合や色艶が良いものは、見た目と反対に脂の乗りは、もう一つのものが多いようだ。 漁師の「ノドグロは泥場のものに限る」という言葉にあるように、底びき網などの方法によって「泥場で漁獲されたアカムツ」は、鱗がはげて白っぽくなっているため、見た目には鮮度が悪く見えてしまうことが多いが、実は皮下脂肪が多いがために白っぽく見えるのであって、決して鮮度が悪いわけではない。 今回筆者は、魚体表面の鱗や色艶による見た目でもなく、更には身の締まり具合による触感でもなく、エラ蓋をこじ開けて「エラの色」で鮮度判断をした。 エラの色が鮮紅色に近い色を残していたので、刺身にいけると判断したのである。 アカムツの本籍はスズキ目スズキ亜目ホタルジャコ科アカムツ属に属し、背ビレが連続していて、赤いのが特徴である。 いっぽうムツとかクロムツと呼ばれている本ムツは、背ビレが第一と第二の二段にハッキリ分れているのが特徴で、ムツ科ムツ属に属していて仲間はなく、一科一属である。 ホタルジャコ科アカムツ属のアカムツとは親戚でも何でもないのだ。 また本ムツの旬は冬ということだが、アカムツの産卵期は8月から9月であり、一番美味しいのは産卵前に魚体が充実する5月後半から7月にかけての頃のようだ。 しかしこのノドグロに関しては、まさに一年中脂が乗っている状態なのだから、美味しい最適な時季を無理に選ぶ必要はない。 それよりも、どちらかと言えば比較的柔らかい身質であるから、写真で紹介しているように、歯応えを増すために皮をつけたまま、焼き霜など一手加える方法が、更に美味しく食べることになるようである。 |
今月号はアカムツをやり直しの意味を含めて記事にしてみたが、読者の皆さん方にどう感じてもらえただろうか。多少は販売のヒントとなる内容があっただろうか、今月号の記事が少しでも役立つことがあれば嬉しいのだが・・・
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 7年 3月 1日