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令和 4年 2月号 218
キチジ料理
旬の脂が乗ったキチジ
冬が旬で、魚体にブランドタグが付けられていた北海道産のキチジを手に入れた。
正式和名キチジは元々東北地方での名称であり、一般的にどちらかと言えば水揚げ高が圧倒的に多い北海道での地方名キンキの名称で呼ばれることが多いようである。
東北の太平洋側の地域で、キチジは西日本での鯛のような祝い魚として古くから珍重されてきた魚であり、正月にはキチジを神棚にお供えする風習があったほどの「目出度い魚」として位置づけされ、漢字では吉次や喜知次など縁起の良い文字が使われる。
キチジは白身の高級魚として名高く、時期や場所次第では10,000円/kgという驚きの価格で取引されることも決して珍しいことではない。昨年の豊洲市場での平均卸価格は以下の通りであり、筆者は上画像の450gを懇意にしている店から特別価格の1尾3,000円で分けてもらった。
キチジはどうしてこんなに高いのか、それは以下のように脂質がタンパク質よりも多い非常に脂がのった魚であり、しかも白身なのでどんな料理にも合う、とても美味しい魚であることが第一の理由であろう。
ただそれだけではなく、以下の2019年度統計にあるように全国での漁獲量が総計1,000dに満たない供給量の少なさも起因していると思われる。
キチジは水深150〜1200mの大陸棚の斜面に生息し、小型魚は浅いところ、大型魚は深いところに多くいて、大きな回遊はせずに季節的な深浅移動を行うらしい。岩礁域を好み、深海性だが鰾(うきぶくろ)がないため、深海から漁獲されても活魚で処理が可能なので価値が高いということだ。
キチジと比肩される赤ムツ
ところで、キチジと同じように赤い色の魚で、価格も同じように10,000円/kg超えも珍しくなく、とても脂が乗った白身の高級魚と言えばアカムツだろう。ノドグロと呼ばれることの多いアカムツについては、特に西日本地域の人はノドグロのことは知っていても、キチジという魚を知らない人も珍しくはなく、脂が乗った白身魚の高級魚と言えばノドグロが一番だと言う人も多い。
アカムツの栄養成分表は発表されていないので、島根県水産技術センターが調査し発表している脂肪含有率を参照すると以下のようになっている。
上のグラフによると、アカムツの脂肪含有率は小さいサイズの100gものが18.9%、大型の400gものでは26.6%と高く、この数字はキチジの脂肪含有率21.7%とほぼ似たようなものだと思って良いだろう。
アカムツの漁獲地は上のグラフのように山口県と島根県が主であり、2019年の一番新しいデータでは全国で年間1,613d獲れていてキチジの1.5倍ほどあるが、この漁獲量についても大きな差はなく、両者はこの点についても、まあ似たようなものだと見ても良いのではないだろうか。
しかし非常に面白いことに、アカムツは西の長崎県から始まり、秋田、青森まで日本海側に沿った各県で漁獲されるが、その一方キチジは北海道の東の方から始まり、太平洋側に沿って福島、茨城までの太平洋側だけで漁獲される好対照の事実があるのだ。
キチジとアカムツとが、東と西、太平洋と日本海にはっきり分かれていて、これだけ明確に棲み分かれていると、端的に「白身のトロと言えば、西のアカムツ、東のキチジ」と表現しても良いと思う。
キチジを商品化
さて、これからキチジの商品化を紹介しよう。煩雑になるのを避けて作業工程のポイントだけをピックアップしていきたい。
キチジはカサゴ亜目フサカサゴ科キチジ属のカサゴの仲間であり、腹の中にはカサゴと同じように発達した立派な肝臓が存在しているので大事に取り扱いたい。
腹膜には血合いが少なく、ツルンとした綺麗な腹膜であり、腹腔の内部を綺麗に掃除できる。
頭部は比較的大きめであり、予定している刺身の姿造りに添えるためにはボリュームがありすぎるので、真ん中で半割にする。
三枚におろしたら、皮を引かずに炙りにして氷で冷やし込む。これは皮が柔らかく、皮下脂肪がタップリなので、皮ごと風味を楽しみながら美味しく賞味するためである。
皮の切角を目立たせるために、皮目を下にしてそぎ造りにして商品化していく。
キチジ刺身姿造り
次はにぎり鮨の鮨ダネを切っていくが、これも鮨技術の原則通りに皮目を下にして小刃を立てる。
キチジにぎり鮨
鮨ダネはあと5カンとれたが、これらを魚売場で販売するとなると、単純に魚の材料だけ計算しても刺身姿造りが1,500円、にぎり鮨5カン盛りは一つ750円の原価になるから、売価をつけるとなると一般のお客様が気軽に購入できるレベルではなくなってしまう。やはり何と言っても仕入れ価格が非常に高いだけに、キチジの品揃えが出来るのは、日本でもごく一部の限られた店舗になってしまうのは仕方ないことかもしれない。
キチジ煮付け
昨年4月21日のことだが、新型コロナウイルスの影響で高級魚全般の相場が低迷し、行き先に困っていた下画像の知床産ブランドタグ付きのキチジを格安で手に入れた。当時の記憶は定かではないけれど、たぶん今回手に入れたキチジの半値以下ほどではなかったかと思う。
その時、筆者は贅沢にもこれを「尾頭付き煮付け」にして食したのである。4月という時期はキチジの産卵後の痩せて脂が抜け落ちた頃にあたり、年間の中でキチジ相場は最安値となる。しかもその時はコロナ禍で業務筋からの買い手がつかない状態だったのでこのことが可能になったのだ。
最初に言っておかなければなならないのは、そのキチジの煮付けは「とても美味しかった」ということであり、キチジは間違いなく年間を通して旨い魚だと感じたのである。何しろ脂肪含有率が20%を超える魚なので、それがこの季節に仮に半分になっても10%なのだから、これでも十分なレベルの脂があるので美味しいのである。普通は手が出ない高級魚キチジはこういうタイミングこそ仕入れて販売すべきだと思う。
1尾の仕入れ価格は何千円もするのが普通のキチジが、1尾まるごとを使った尾頭付き煮付けになったものというのはあまり見ることがないと思う。以下にそのポイントを画像で紹介しよう。
キチジの尾頭付き煮付け作業工程 | |
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1,キチジの鱗を除去したら、腹を上に向け、出刃包丁でエラ膜を切る。 |
5,魚体の水気を拭き取り、キチジの胴体を斜めに胴切りする。 |
2,出刃包丁の裏腹でエラを押さえ、左手でキチジの魚体を引き起こす。 |
6.斜め切りしてアク抜きをしたゴボウをひと煮立ちさせる。 |
3,出刃包丁でエラを押さえたままキチジの魚体を左へ動かし、内臓もそのまま引っ張り出す。 |
7.ひと煮立ちした煮汁にキチジを入れる。 |
4,内臓の残りや血を洗い流す。 |
8.煮汁を上からかけながら8分ほど弱火で煮込む。 |
キチジの尾頭付き煮付け |
今が買い時の高級魚
さて今月号はなかなか扱う機会がないと思われる高級魚キチジを採りあげてみたが、この高い価格というのはまさに需要と供給の関係で、供給量に比べて需要の方が高いからであり、需要が低くなれば価格はそれなりに落ち着くはずなのである。
例えば、コロナ禍の渦中にあるここ2年間、西の白身トロであるアカムツの価格も低迷していたが、筆者が知っているアカムツ漁師はアカムツ相場が低迷している時に、こんな値段じゃやってられないとして出漁中止を決め込んで休んでいたのである。
つまり、需要と供給の関係の供給を絞り込むことで、これまで通りの高い価格を維持しようとする産地の漁師と漁協、消費地魚市場などは、価格操作というか、価格維持の手法がおこなっていたのだ。アカムツだけでなく、キチジも含めた高級魚と呼ばれる類いの魚は全国各地でそういうことがこの2年ほど続けられていたが、昨年秋以降に第5次のコロナ禍が終息に向かいつつあった時、高級魚の需要が高まることになり、同時進行してキチジなどの高級魚取引価格も上昇トレンドを辿っていた。
ところが、ご存じのようにここに来て第6次コロナ禍が猛威を振るっており、昨年秋以降に続いていた勢いも削がれ、また高級魚は行き先をなくしつつあると見て良いだろう。もし買い手を探すのに困っているキチジやアカムツを見つけたら絶好のチャンスである。なかなか気軽には扱えない高級魚を仕入れ、自分の経験を高めるための勉強をしてみてほしい。
FISH FOOD TIMES 読者の皆さんはきっと向上心の強い勉強家に違いないと筆者は見ている。そういう向上心の強い水産関係者のために18年間 FISH FOOD TIMES を続け、19年目に突入した。しかし知識だけでは限界があるというもので、やはり「包丁を持って魚をさばき、その魚が持つ特質を知り、食べて味を知る」という実体験をすることによって、経験値を伴った本物の実力として蓄えられるのである。
経験値を増やしていくためには投資も必要である。自分のための投資というのは将来的に何らかの見返りも期待できないことはないが、見返りだけを期待しているとその期待感に裏切られ落胆することになってしまうことにもなりかねない。
経験値に裏打ちされた本物の実力というのは、時間をかけてコツコツと様々な経験を継続することで、いつの間にか知らず知らずのうちに蓄積され大きくなっていくものではないかと筆者は考えている。その経験を増やすチャンスがコロナ禍という時代背景のなかにあるのだ。
今こそ、日頃扱う機会のない高級魚を仕入れ、経験値を増やし、あなたの実力を高めよう。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 4年 2月 1日