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令和 3年 3月号 207
テングニシ刺身盛り合わせ
貝類が旬を迎える春
今年は例年以上に春が待ち遠しい。昨年から続いている新型コロナ禍によるうっ屈した世の中の状況が、今冬その厳しい状況は一段と増したことで、まさに寒さに身を縮こませるような感じの生活を余儀なくされてきた人が多いのではないかと思う。しかし、その新型コロナウイルスの勢いはだいぶ衰えつつあり、いよいよ非常事態宣言が発出されていた地域も3月からは解除の見込みへと環境が変化してきた。やっと世の中は長い冬籠もりから解放され、人々は春を迎える喜びを動植物のすべてと共に味わうことができるのだ。
春になるとほとんどの動植物の勢いが活発化するなかで、貝類も同様に晩春から初夏の頃に迎える産卵を控え、その多くがしっかりと栄養を蓄えて身体を充実させ美味しくなる季節であり、旬を迎えて年間で一番美味しくなる季節なのである。今月号では貝類としてはどちらかと言えば希少で、水産関係者においても食べたことがないという人もいるのではないかと思われるテングニシについて記してみたいと思う。
以下の画像がテングニシである。軟体動物門テングニシ科テングニシ属に属し、同じような巻き貝でもう少し太めでずんぐりとしたエゾバイ科エゾボラ属エゾボラ(一般的にマツブ貝と呼ばれる)は、同じ科に親戚縁者が何十種類もいる大ファミリーを成しているが、このテングニシは一科一属だけで孤高を保っている貝である。
エゾボラは蝦夷の名称がついているように北日本に多く生息している貝であるが、このテングニシは西日本から南日本の浅い海の砂地に多く生息し、特に広大な砂地をもつ有明海では比較的多く漁獲され、福岡地方では幸貝(コウカイ)という呼び名で食されてきた。しかし元々漁獲される量は多くない種類なので高い価格で取引される貝の一つであり、魚売場の店頭に常時これが生きたまま水槽などで販売されていたら、そのことだけでその店は品揃えが充実している高級な店だとお客様から評価されるような位置づけにある貝なのである。
テングニシは食用にする高級な貝なのだが、一般的には意外と知られていない別の意味で重要な存在でもあるのだ。それは海ほうずきの材料となっているからだ。
植物のほうずきというのは、6月頃に淡い黄色の花を咲かせ、7月から9月頃に袋状になると、以下の画像のように果実をつけてオレンジ色になる。
赤い果実は食用にはならず、特に根にはヒストニンが含まれているので妊娠中の女性が食べると子宮収縮作用を起こして流産する恐れがあり、江戸時代にはこの根を乾燥させた「酸奬根」という名称の漢方薬が堕胎剤として利用されていた。しかし一方では「毒薬変じて薬となる」のことわざ通り、平安時代から鎮静剤として利用されてきた歴史があり、現在も酸奬根を解熱剤として飲む風習が地方に残っているということだ。基本的にほうずきは観賞用として多く用いられるが、その果実は昔から中身を取り出して口に含んで音を鳴らしたり、風船のようにして遊ぶ子供の玩具となってきた。
海ほうずき
前置きが長くなったが、そのほうずきと同じように音を鳴らして遊べるのが「海ほうずき」である。これは以下の画像ような形で販売されている。
これを使って口で音を鳴らして遊ぶ時は、以下のような感じで使うということがブログで紹介されている。
テングニシはこの海ほうずきの元となるものを海の中で作り出しているが、それはテングニシが産みつけた以下の画像の卵嚢なのである。
上画像1はテングニシが海の底に産卵をした状態であり、2は産みつけた袋状の卵嚢の中にテングニシの幼生が入っていている様子が伺える状態。そして3は袋状の卵嚢の中がどうなっているかを確認するために切り開かれた状態である。
テングニシの取り扱い注意点
さて海ほうずきについてはこれくらいの知識で留め、以下にテングニシそのものについて記していこう。テングニシの解体作業工程を記していくが、その前に注意すべき点が一つあるので前書きしておきたい。それはテトラミンという唾液腺毒であり、福岡県の海洋技術センターのレポートでは以下のようなことが発表されている。
下の画像は筆者がテングニシの筋肉質の部分を取り出していたものを上の資料を理解するための補足として追加したものである。日頃の作業の中でサザエなどの巻き貝の構造を知っている人ならば、大きく違うことはなく容易にこのことは出来ると思う。
テングニシを調理する際にはもちろん注意して作業してほしいのだが、これはフグのテトロドトキシンの毒のように人を死亡させるようなものではないので、それほど神経質になる必要はなく、基本的にはサザエと同じように内臓を普通に除去することを心がけたら良いだけのことだ。ちなみに筆者はこれまでテングニシで中毒を起こしたという具体例に遭遇した経験は過去に一度もない。
堅い殻と強靱な力を持つテングニシ
それでは、以下にテングニシを解体する作業工程を紹介したいと思う。テングニシの扱いでもう一つ注意しなければならないのは「殻が固くて、貝蓋を閉じる力も非常に強い」ということを知った上で解体しなければならないということである。
テングニシの中身だけを取り出すことが出来れば良く、その殻は必要ないという場合は「ハンマーで殻をたたき壊す」というのが一番手っ取り早く、筆者は活貝を上手く扱えない素人さんがそのような方法を執っているのをyoutubeで見た。しかし、魚の販売のプロとして「刺身を盛りつける容器に殻を添えてこそ価値が高まり高く売れる」ことを知っているならば、そんな無茶な方法での解体作業なんて出来るはずはないのである。
殻を壊さないで中身を取り出す方法は色々あると思うけれど、筆者の場合は「目打ち」を使ってテングニシの殻に穴を開け、目打ちを内臓に狙いを定めて打ち込み、急所を突かれたテングニシが弱ったことを確認して、それから殻の中身を目打ちで引っ掛けて取り出すようにしている。
テングニシ解体作業工程 1(中身を取り出すまでの工程) | |
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1,内臓がある場所を想定し、出刃包丁の峰を使って殻に目打ちを打ち込んだ状態。 | 4,少しだけ時間を置き、テングニシが弱ったことを見計らって、目打ちを筋肉に差し込み引きずり出す。 |
2,目打ちを殻の中に深く入れ込む。 | 5,筋肉と内臓が出てきた状態。 |
3,目打ちの角度を変え、内臓に突き刺す。 | 6,中身が取り出されたテングニシ。 |
テングニシ解体作業工程 2(刺身商品化工程) | |
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1,柳刃包丁の刃先を貝蓋と筋肉の間に入れ込む。 | 7,洗浄されて綺麗になったテングニシの殻と筋肉。 |
2,出来るだけ貝蓋に筋肉を残さず切り外す。 | 8,サザエと同じ要領で薄くスライスする。 |
3,心臓や唾液腺などを含む内臓及びハカマなどを筋肉から除去する。 | 9,薄くスライスされたテングニシの1個分。 |
4,2個分のテングニシの筋肉に塩を振りかける。 | 10.スライスしたテングニシを柳刃包丁で掬い上げながら容器に盛りつける。 |
5,筋肉を手で塩揉みした後に流水で塩を洗い流す。 | 11,テングニシ刺身単品盛り |
6,亀の甲ダワシなどの器具を使って、殻の表面に付いている苔や汚れなどを洗い落とす。 | 12,テングニシ刺身盛り合わせ |
活貝と活貝商品が並んでいる店が存在してほしい
魚売場に上画像のテングニシ刺身盛り合わせのような商品が並んでいたらどうだろう、ここは「そんじょそこらの魚売場とは違うぞ」ということをこの商品があるだけで示しているようなものではないだろうか。刺身などで生食をすることが前提となる活貝というのは活きている間は価値があり、死んでしまうと価値が半減してしまうので取り扱いは簡単ではなく、しかもその仕入れ価格も一般的に決して安くはないことから、活貝を普通に利益を出しながら販売を続けることは難しい。だから、そんじょそこらの魚売場にはテングニシはおろかアワビもアカガイもミル貝もなく、比較的安価なサザエでさえも置いていない店ばかりが日本中に存在している。
つまり活貝と活貝関連商品を通常時から当たり前のように陳列している魚売場を持つ店というのは、その魚売場のそういう品揃えによって他社を差別化することにつながるのである。活貝商品というのは可食部分の割合が少ないために割高感があり、ボリューム感と安さを演出するには全く不適であり、ディスカウントストアのような業態には不向きな商品である。だから、活貝商品は安売りする必要はなく、その価値を感じてもらえるお客様に購入してもらえるようにしなければならない。
活貝の商品を少しでも価値を高めるようにするためには、やはり殻を活用することが一番最適な方法であろう。今回のテングニシだけでなく、アワビやアカガイ、ミル貝、サザエなどの活貝は殻をつけてこそ価値があるのだから、安売り屋ではなく高品質のアップグレード店を目指していると自称するくらいの企業であれば、そのような活貝商品を色々と品揃えしてほしい。
昨年から続いているコロナ禍の環境は外食が大きな痛手を受け、スーパーなどの小売企業は追い風が吹いていて業績は順調に推移しているところが多いようである。こういう時こそ、これまで居酒屋などに奪われ続けていた魚の消費や購入の目を魚売場に向けてもらうべく行動すべきであり、今はそういう意味で絶好のチャンスが訪れていると言えるであろう。
今時は購入してもらっていた外食店からの注文が途絶えて行き先をなくした高級魚が軒並み相場下落しているなかで、高級な活貝もその例外ではなく千載一遇の好機であると捉えるべきである。テングニシ刺身盛り合わせのような商品を品揃えしている店が少しでも多く存在していくようにしてほしいものである。
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更新日時 令和 3年 3月 1日