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令和 6年 7月号  247

天然ヒメマス


古い歴史を持つ放流魚

北海道支笏湖産のヒメマスが5尾手に入った。

ヒメマス

その姿は全体が銀白色に輝いて非常にきれいで、それらを見た感じはとても良い印象だった。1尾の画像を拡大してみても、以下のように鮮度抜群に見えた。

ヒメマス

いつもお世話になっているスーパーの魚売場には、以下のようなPOPが掲示してあり、氷水入りの発泡スチロール箱に入れられた状態のまま、1尾398円の売価が付けられ裸売りされていた。

このヒメマスは北海道支笏湖産であり、魚市場経由で仕入れられていたものだった。POPにあるように、筆者は最初に天然という表示に惹かれ、その適度な大きさ、値頃感、更に何と言っても銀白色に光った鮮度感は抜群であり、刺身にも出来るという説明も受けたので購入することにした。

魚売場でお馴染みの紅サケはヒメマスと同じ魚種である。ヒメマスは米国,カナダ,カムチャツカ,北海道などに分布し、湖沼残留型(陸封型)のものを指し、その一生を湖沼で生活する。いっぽう紅サケは、カリフォルニア沿岸から北太平洋に分布する湖沼へと流入する河川で産卵し、孵化した稚魚は湖沼に入り1〜5年湖沼生活をした後に海へ降海し、海洋生活を1〜3年した後遡上して産卵する。

ヒメマスは1894年(明治27年)に北海道阿寒湖から支笏湖に初めて移植され放流された古い歴史がある。それ以降は国内で60ヶ所以上の湖沼にヒメマスの定着が試みられたようだが、現在は青森県の十和田湖を始めとして、北海道洞爺湖、福島県沼沢湖、栃木県中禅寺湖、神奈川県芦ノ湖、山梨県の西湖及び本栖湖、長野県青木湖などで重要な漁業資源となっているようである。

一般的に海で育つ天然のサケやマスは、日本海裂頭条虫(サナダムシの一種)やアニサキスなどの寄生虫が潜んでいる可能性があり、食中毒を避けるためにサケやマスの天然魚を生食する場合は一度冷凍してから刺身などにすることが勧められている。しかしこのヒメマスは湖で生まれてから紅サケのように海へ降ることなく、諺として「清水に魚棲まず」と言われるような他の魚種があまりにも水が清浄過ぎて棲息できない湖でその一生を送るため、ヒメマスには寄生虫が存在していることを心配をしなくて良く、冷凍作業を経なくても生食が出来るのである。 


鮮度判断

今回入手したヒメマスは生食することも目的の一つとしていたのだが、実は鮮度的な問題で最初の5尾を廃棄処分して、新しく入荷したものを再入手したという経緯があるのだ。

最初のヒメマスは土曜日に5尾購入したのだが、内臓は形を留めず流れ、腹骨はすべて腹腔から外れて浮いていたので、腹出し作業の段階で廃棄処分をした。そして、2回目の分は月曜日の朝早い時間に店に行き、その朝に魚市場から入荷したばかりのヒメマスを土曜日の分と交換という形にしてもらい、お金を払わずに入手することが出来た。

ヒメマスの鮮度状態
ヒメマス ヒメマス
1回目 2回目

 

ところが上の画像にあるように、2回目に入手した分は1回目の分よりまだましではあるものの、やはり内臓は流れ、腹骨は浮き出ていたのである。

そこで、2回目はヒメマスの腹を開けた段階で内臓部分の臭いを嗅いでみたところ、まったく腐敗臭はしないのである。筆者の判断として、これは淡水魚特有の弱点なのかもしれないと考え、とりあえず三枚おろしをしてみて、鮮度状態を見極めることにした。

5尾の内3尾を生食用に向けることにして、これらを三枚おろしにしてピンボーン抜き作業まで終えると、以下のような状態だった。

ヒメマス

そして、皮引きを終えると以下のようになった。

ヒメマス

筆者はこの鮮度状態ならば生食に使えると判断し、刺身、鮨、サラダに1尾分ずつ使うことにした。

そして完成したのが以下の画像である。刺身は半身分を使って薄造りが7切れずつの1尾分で2山なので、1尾で14切れになり、鮨は半身を3カンにカットし、1尾分で6カンになった。

ヒメマス

次にサラダは、ヒメマス1尾分を16切れにカットし、サラダ菜、オニオンスライス、ミニトマトと一緒に盛りつけている。

ヒメマス

生食の料理として以上のようなものが完成し、その見た目としては特に問題ないものが出来上がったが、後は入手したヒメマスの鮮度的な不安から出発していることから、生食として通用するものかどうかを食べて確認しなければならない。

筆者としては、最後におこなう舌を使った味覚判断を除いた、嗅覚、触覚、視覚などの五感を使っての鮮度判断では、これまでの経験値からすると生食は可能だと判断していたので、最終的に食べてみてから判断するということになった。

その結果は「合格」であった。生サーモン系の独特の柔らかさがあり歯応えはないものの、変な臭みも感じられず、小さな魚体サイズの魚にしては旨みタップリに熟しているという味覚であり、全て美味しく食べられたし、翌日以降になっても腹痛や下痢などの症状は全く生じなかった。


姿焼きと姿揚げ

5尾のヒメマスの重さは小さいので163g、大きいのが216gあり、平均すると180〜200gほどだった。

ヒメマス ヒメマス

大きいサイズの3尾を生食用に使ったので、残りの小さなサイズ2尾は小ぶりの姿を活かした姿焼きと姿揚げの料理にすることにした。 先ずは、ヒメマスの姿焼きと姿揚げの下準備作業である。

ヒメマスの姿焼きと姿揚げの下準備作業
ヒメマス ヒメマス
1,エラの上に出刃包丁の切っ先の平らな部分を押し当てる。 6,腹腔内部から歯ブラシで内臓をかき出す。その際に、水をかけ流しながら内臓を出来るだけ取りだして除去する。
ヒメマス ヒメマス
2,出刃包丁の切っ先の平らな部分を使って、エラをまな板の上に押し下げる。 7,エラと内臓を除去したヒメマスを乾いたタオルの上に載せる。
ヒメマス ヒメマス
3,出刃包丁でエラを押さえたまま、魚体を左へとずらし、エラ及び内臓の一部を魚体から分離する。 8,ヒメマスの上にも乾いたタオルを被せる。
ヒメマス ヒメマス
4,出刃包丁を逆手にして、肛門から頭部方向へ数pだけ切り開く。 9,ヒメマス全体をタオルで包み込み、特に腹部はしっかり押さえ水分を除去する。
ヒメマス ヒメマス
5,切り開いた切り口から、歯ブラシを腹腔内部へ入れ込む。 10,ヒメマスの姿焼きと姿揚げの準備が整った。

 

ヒメマス料理の下準備が終わったので、串打ちの作業に取り掛かった。ところが、これがなかなか思うような形にはならなかった。ヒメマスが柔らかすぎて、尾ビレが上方向へ立ち上がる形として定まらず、横に倒れてしまうのである。

何度か理想の形にしようと試みたが、結局は諦めて「踊り串とは魚が踊るような様子」が少しでも表現できれば良しとして、2尾がそれぞれグリルと油の中でどういう形に収まるか、その成り行きに任せることにしたのだった。串打ちに慣れた方から見ると笑われるような仕上がりかもしれず、これを読者の皆さん方にお見せするのは恥ずかしい限りであるが、ご勘弁願いたい。

ヒメマスの姿焼きと姿揚げの作業工程
ヒメマス ヒメマス
1,平金串を使って串打ちし、魚全体に振り塩をする。 1,竹串で串打ちして、魚全体に塩コショウを振りかける。
ヒメマス ヒメマス
2,各ヒレに化粧塩を施す。 2,小麦粉を魚全体に満遍なくまぶす。
ヒメマス ヒメマス
3,グリルで焼き上がった状態。 3,180度の油温で揚げる。
ヒメマス ヒメマス
4,金串を抜き取り、化粧塩を払い落として皿に盛りつけ完成。 4,まだ魚体温が冷めないうちに竹串を抜き取り、皿に盛って完成。

 

完成したヒメマスの姿焼きと姿揚げの料理を味わってみると、まさにサケマス類の味そのものであった。

筆者は自宅では基本として毎朝必ず「サケの塩焼き」を食べている。購入するのはパックに2〜3切れ入ったサケのパック商品ではなく、真空袋に半身分入った冷凍の紅サケや銀サケなどを月に平均で4枚ほど購入している。これを筆者自身で切身にカットし、1枚ずつフィルムに巻いて冷蔵庫の冷凍室に保管し、食べる前日に必要量を冷蔵庫に移して緩慢解凍し、翌朝にグリルで焼いて食べることが筆者のほぼ毎日の食習慣なのだ。

そういう食習慣を続けている筆者だから、ヒメマスの姿焼きと姿揚げに箸を入れ食してみると、その感想は「アッ、毎朝食べているあのサケと同じ味だ・・・」と感じた。つまり、自分自身が慣れ親しんだ味に出会い、ヒメマスは美味しい魚だと思ったのである。


水産物の物流と2024年問題

こうして5尾のヒメマスを料理として使い終わったのであるが、やはり残念なのは購入したヒメマスの腹腔内部の状態が鮮度抜群とは言えない状態だったことである。内臓は形を崩し、腹骨が腹腔から外れて浮いていなければ、ヒメマスの味はとても良いのでもっと高く評価されるはずなのに残念としか言いようがない。

ヒメマスを1回目に購入した土曜日時点で、筆者はその状態に呆れて直ぐに廃棄処分したのだが、2回目の分は月曜日に魚市場から店に入荷したばかりのヒメマスであり、土曜日の分と大差はない鮮度状態だったのを確認しているので、それは間違いなく店段階で保管期間を長くしたことによる鮮度劣化ではないのは証明されている。

また、土曜日に筆者はヒメマスの鮮度状態を画像付きのメッセージで店に連絡を入れていたので、このことは魚市場にも店から連絡はされていると思われ、魚市場はその一連の流れを踏まえた対応をとっているに違いないと判断している。そういう前提に立つと、次はその前の段階として、北海道から九州への物流でどれだけの日数を要したのかということが問題として浮上してくることになる。

2024年4月から、ドライバーの時間外労働時間上限が960時間に制限され、働き方改革関連法が物流業界で義務付けられたが、そのことに十分対応できていないこともその一因として考えられないことではないだろうと考えている。

新たな働き方改革関連法では、トラックドライバーに対して4時間の運転ごとに30分の休憩を取ることが求められ、今まで1人で問題なく運転していた距離であっても、2人のドライバーによるリレー形式の輸送で対応しなければならないケースも出てきている。休憩を挟みながらの輸送やリレー形式となると、これまでより運送にかかる時間が長くなり、人件費が嵩むことによって輸送料金が上がる懸念も生じている。

また、水産物の輸送は魚市場などで「直前まで出荷量が確定しない」、「魚市場での荷降ろし時間が長い」など特有の事情も抱えているが、現状では水産物の輸送のほとんどはトラック輸送に依存している実態があり、魚の輸送時間が長引けば長引くほど鮮度の低下を招いたり、競りに間に合わなくなったりする橋渡り的な危険性も出てくるのである。

例えば、北海道や九州の産地から漁業者が新鮮な水産物を都市部に送ろうとしても、有効な手段が見つからなければ鮮度低下に直結するリスクがあり、魚の鮮度が下がってしまったら競合する業者とまともに戦えないことも有り得るのである。 このリスクは、北海道や九州の地域のように産地と都市部の大消費地が離れているほど顕著になる。 

今回取り扱ったヒメマスは北海道支笏湖産だったけれど、北海道の地をいつ出発し、どのようなルートを経由して、主にどんな輸送手段を使って九州まで運ばれてきたのか、そのことは推測するしかない。たぶん、ほとんどの輸送手段はトラックだったのではないかと思われる。

もともとは素晴らしい清浄な水を湛えた支笏湖で生まれ育ったヒメマスが、本来の姿をしっかり見せられないことは実にもったいない話である。筆者は今回取り扱ったヒメマスをFISH FOOD TIMESの2024年7月号でどうしても採りあげたかったので、多少強引な形で調理作業を進め、生食の刺身・鮨・サラダにしたのだが、鮮度の見極め経験が豊富でない一般の人が、生サバのような魚と同じ感覚で、今回のヒメマスの腹腔内部状態を見たら、刺身などにする勇気はなかったと思われる。

結果として、ヒメマスを食しても何ら問題なく刺身・鮨・サラダで食すことが出来たし、その後身体的な異常も生じていないので、生食鮮度として合格だったのだ。しかし、もし北海道の産地業者の方が今後支笏湖産ヒメマスを九州でも安定して販売していこうと考えるならば、現時点の物流課題をどう改善するか対策を打つべきであろう。

この課題にどう対処するのか、いくつかの選択肢があると思うが、参考のために最近発表されたホットな情報を以下に記して、今月号を閉じたいと思う。

先月6月10日(月)に、JALは(株)ルーフィとの協業による空陸一貫輸送サービス「ハコJET」を深化させ、特産品の鮮度を維持した輸送に特化した新配送サービス「J-AIR直鮮サービス」を6月17日より開始すると発表した。

これまで、航空貨物輸送を利用する場合は空輸の手配と陸輸を別々に手配する必要があったが、この輸送方式によりJALの国内線ネットワークとルーフィの荷主をつなぐ「空陸一貫物流」を実現し、遠距離でも時間を指定できる国内初の3温度帯の当日配送マッチングサービスという新たな価値を提供するとのことだ。J-AIRのホームページに掲載されている具体的イメージは以下の図の通りである。

J-AIR直鮮サービスの利用条件は、

そして、肝心の配送コストは荷主側の商品や物量の内容によって変化すると思われるので、ここに記すことは難しい。1尾398円で販売されていたヒメマスが直鮮サービスの配送コストに合うのかどうか、疑問を持たざるを得ないところだが、とりあえず最新の情報として簡単に記すことにした。

いつの日か、素晴らしい鮮度のまま北海道から送られてきたヒメマスを扱うことが出来る日を待ちたいものである。


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                 更新日時 令和 6年 7月 1日