倉敷の介護・医療と共に

  メディカ倉敷北は開設当時、医療上の処置が必要な入院患者様の在宅復帰が課題となっていました。
その様な状況下、ご家族様の負担軽減の一助になればとの思いから、倉敷北病院の事業主体である医療法人昭和会が、24時間365日看護師常駐の医療サービス付高齢者住宅「メディカ倉敷北」を創設いたしました。

 現在は通所介護、訪問介護および居宅介護支援の各事業所を併設し、また倉敷北病院が訪問診療、訪問看護および訪問リハビリを実施し、きめ細かな医療・介護サービスを提供しています。

 令和5年11月1日に10周年を迎えましたが、まだまだ発展途上です。
今後も病院との連携を取りながら、地域に密着した医療・介護サービスの一層の充実を図ってまいります。

医療法人昭和会
メディカ倉敷北
施設長 角南芳昭

 

利用者様との歩み

経鼻経管栄養となった方が食事を自力摂取出来るまで回復した事例

K様の場合

80代後半 女性 要介護1
杖歩行(長距離車椅子可能)
食事・排泄はほぼ自立、難聴、認知症

具体的なメディカでの生活の様子や取り組み、医療の処置など

  •  平成○年夏にメディカ倉敷北(以下メディカ)へ配偶者様と一緒に入居される。
    入居直後より行動に異変を認め、歩行困難などもあり倉敷北病院(以下北病院)より、A病院へ紹介し「症候性てんかん」の疑いで入院となる。
  •  A病院入院中に日常生活動作(ADL)の低下、認知症の進行があった。半月後に退院した際には、車いす(ほぼ全介助)で、食事はできず経鼻経管栄養(レビン栄養)が行われ「要介護5」の状態になっていた。認知症も重度に進行していた。
    退院後すぐに言語聴覚士(ST)が介入し、ゼリーなどを少しずつ経口より摂取していき、日々の気分や覚醒具合によりばらつきはあるものの食事を経口摂取をする訓練を始めた。
     翌月、北病院で嚥下内視鏡検査を行い、リハビリを行いながらであれば経口からの食事摂取は可能であると診断された。
  •  言語聴覚士(ST)の介入時のみならず、通所介護(デイサービス)や日常の食事時にも食事形態を様々に変更していき2ヶ月後には経口摂取だけで十分な食事がとれるようになったため経鼻胃管を抜去する。
    そうして自己摂取の多い時、介助の多い時とばらつきはあったが翌月には多少のばらつきは残っているが、自己摂取が多くなり安定して食事を経口摂取で行えていた。
     更に1年以上経った令和△年春には軟飯におかずは一口大の食事形態に変更となった。現在でも、ほぼ自力摂取で食事をされる日が多く安定して暮らしている。

まとめ

 主治医による診たて、言語聴覚士(ST)によるリハビリ、通所介護(デイサービス)や日常での看護師、介護士の介入で、食事に関しては経鼻経管栄養(レビン栄養)が外れ経口で摂取できるようになった。
更には徐々に経口摂取を増やして行き、摂取量も増えていった。
全介助より少しずつ自力摂取できるようになり、徐々に自力での摂取が増えている。
 ご家族様も一時は口から食べられないのかもと思っていたが、自分で食べられるまでになった事で喜ばれている。
移動についても立位の安定により日中介助にてトイレに行くことができるようになった。更には車椅子を足でこいで動くこともできるようになった。
 ご利用者様ご自身の可能性を適切に検討し、各部門それぞれが自分達の職責にそった介入を行った事がこの結果に繋がったと思います。

寝たきり状態から車椅子自走・自力経口摂取まで回復した事例

O様の場合

80代後半 男性 要介護5
寝たきり状態(食事介助も必要)、高血圧症
左こめかみに皮膚がん、誤嚥性肺炎、認知症

具体的なメディカでの生活の様子や取り組み、医療の処置など

  •  平成○年秋、持病の治療が安定したためA病院を退院しメディカ倉敷北(以下メディカ)へ入居される。
    以前より嚥下能力の低下が疑われ、実際の食事量も不安定と希望通りの食事摂取には不安がある状態であった。
    入居後に倉敷北病院(以下北病院)で行った嚥下内視鏡検査で咽頭がん、訪問診療・看護時に皮膚がんの再発が発見された。
    同年冬にB病院を紹介され両方の癌の切除と、永久気管孔の作成が行われた。
  •  その後、リハビリと体力回復のために北病院での入院を経てメディカへ帰所した。
    B病院、北病院と連携をとりながら、訪問看護・リハビリ・通所介護(デイサービス)を利用し生活。
    退院後、活気や体力は徐々に回復していった。
    食事は小刻み食を摂取できる状態まで安定した。言語聴覚士によるアドバイスを受けながら、好物の寿司をはじめご家族の差し入れも楽しめる生活が続いた。
    座位の保持がやっとであるところから、リハビリ中には歩行器でエレベータに乗って玄関での記念撮影ができるところまで筋力も回復した。
  •  令和△年夏、皮膚がんの再発が発見され、B病院で切除した。術後の処置はメディカにおいて訪問看護で行った。
    同年秋、突然心肺停止となり北病院で蘇生した。原因は不明であった。
    胃瘻などの処置は困難であったためレビンチューブでの栄養摂取と、ジュースなど嗜好品を少量口から摂る生活となる。
    入院生活ではなく、メディカでの生活を選択し退院。
    体力は低下してきていたが、その後も看護師同行で花見などの行事には参加できていた。
  •  令和◇年秋、体調不良が続くため北病院を受診し皮膚がんが全身に転移していることが判明。
    本人・家族・北病院・メディカで相談し、できる限りの期間メディカで過ごすことと、寿命が近づいていることを確認した。

まとめ

 複数の医療機関との連携を絶え間なく行うことで、病気の発見、治療、回復、再発、症状緩和から、寿命を迎えられるまでの安心できる生活の場を提供できたと感じている。
 日常生活の支援はもちろんのこと、永久気管孔やレビンチューブの管理、増大後の皮膚がんへの処置を、施設内でほぼ完結できていたことはご本人の生活の質(QOL)を維持する上では重要で、訪問看護・通所介護(デイサービス)に求められている役割を全うすることができたのではないだろうか。
 嬉しい時、辛いときもおありだったと思いますが、差し入れ他、常にご本人のために動いてくださったご家族の皆様ありがとうございました。

メディカの医療連携のこれから

倉敷北病院 担当医より
 メディカ倉敷北は、医療が日常生活に溶け込んだ特別な環境だと感じます。ほぼ毎日、お住まいの方の体調について看護師と医師、職員とで情報共有があり、大きな異変があれば深夜でも対処を相談します。

 そのため、一般的には日常生活を諦め、入院を検討する状況であっても、普段通りの生活に適切な医療だけを追加することで、日常生活を続けることができるケースもあります。ここまで一人ひとりに深く関われることは少ないですので、やりがいを感じます。
倉敷北病院 リハビリテーション科より
 メディカ倉敷北へはリハビリスタッフが毎日1~3名訪問しています。
リハビリ職種も充実しており、理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)・音楽療法士(MT)・公認心理士が在籍しており、ご利用者様のご要望に応じたリハビリテーションが提供できるように心掛けています。

 身体機能の維持向上や活動性の向上は言うまでもなく、認知症予防や心のケアなども取り入れながら、ご利用者様の自尊心や尊厳をいつまでも保てるようサポートしていきたいと考えています。
 

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